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自ずから収まるところに収まる

なぜ空洞で繁殖するのか。

(1)一般的説明

 アスペルギルスは肺の空洞内に菌球をつくることが知られています。菌球とは肺が結核などにかかって形成された空洞に、カビが入り込んで、そこの中で成長して菌糸塊をつくるものをいいます。おもに上葉肺尖部に形成されることが多く、「結核菌は偏性好気性菌(酸素がないと生きていけない菌)であるために肺の中でも酸素濃度の高い場所に生着しやすい」(参照文献)ということが理由としてあるようです。真菌も結核菌と同様に、多くの酸素を必要とするために上葉肺尖部(肺の上側)に居座るのではないか。これに対し、細菌は好気性のものもあるとしても、結核菌や真菌ほどに酸素を多く必要としないのではないか。それよりは重要な環境上の生存戦略があって、それゆえに上葉肺尖部以外のところを侵すのではないか、そんな気がしています。

 空洞内に形成された菌球はアスペルギローマと呼ばれて、大変に治療が難しい。根治療法としては肺の塊ごと切除するしかないそうです。ただ、肺と肺を包んでいる胸膜との癒着が大きければ、癒着をいったんはがしてから肺組織を切り取ることになりますが、剝がすときに大量出血することから、外科的に尻込みされる場合が多いことになります。

 それではということで、外から長い針を空洞に刺して、そこに抗真菌薬(アンビゾーム)を注入するやり方が試みられています。ただ、患部が深いと難しいようで、肺のあたりは血管が張り巡らされていることから、血管を傷つけないように進む必要があり、難しい作業になるとみられます。

 これと同様の効果を、手術によって達成する方法も試みられています。空洞内の菌球だけを直接に取り除く手術です。空洞切開菌球除去術といわれます。参考文献から一部を引用すると、「肺切除は根治性のある確実な治療法であるがアスペルギローマを有する空洞性病変は胸壁,葉間,肺門への浸潤傾向が強く,切除範囲が予想より過大」になりがちであり、それであれば、直接、空洞を切開し、なかの菌球のみを取り除けばいいのではないかといったことのようです。空洞はそのまま残します。「空洞の遺残は再びアスペルギルスの腐生を来しやすい為(自検再発率 42.9%)充填閉鎖が理想であるが,多数の気管支孔の開存,極度に肥厚・硬化した壁, 複雑な形状等本疾患の空洞の特質からその完全閉鎖は困難である」ということがその理由です。ただ、再発したら、また取り除いてもらえばいいと考えると、ずいぶん楽な気になれます。

 それなら、気管支から空洞まで誘導し、抗真菌薬を直接入れ込んでいただくことはやっていただけないかと先生にご相談したことがあります。そうしたところ、先の細い気管支鏡を使って誘導し、そこに抗真菌薬を流し込む方法があることがわかりました。聞いてみるもんです。しかし、これも結局は空振りに終わりました。この方法に実績のある全国のあちこちの病院に当たっていただきましたが、いずれもよい返事はいただけませんでした。おそらくはCT画像などをみながら、少しずつ先へ進めるのでしょう。被ばく量が大きくなることも考えると、あまりよい選択ではないということかもしれません。

 以上の外科的治療ができなければ、内科的治療になります。その場合、ブイフェンドが第一選択とされます。高い薬ですが、やむをえません。

 

 (2)寅三郎の場合

 寅三郎は、いろいろに考えて外科的治療が難しいとわかってブイフェンドしかないかなあという感触に固まってきていた頃に、二度目の入院を経験しました。細菌感染による肺炎が原因でした。このタイミングでブイフェンドに切り替えました。血管から離れた組織までどうせ薬が届くはずはないとあきらめていたのですが、思いがけず、8か月後のCT検査で、カビの詰まった空洞の中が空っぽになりました。理由はわかりません。

 では、袋の中のカビはどうしたか。

実は、2019年頃から、翌2020年にかけて血痰に交じって茶色い塊が出ることがたびたびありました。大きいものは直径4mm近く、大小入り混じって、5日ほど毎日のように続き、しばらくしてまた出始めるといったことが続きました。入院していた2019年3月に、この茶色い塊に不信を抱き、主治医の先生に調べていただいたところカビであることが判明しました。

 この茶色い塊がどれくらい排出されれば空洞の中が空っぽになるか、簡単に見積もってみました。空洞の容積をおおまかに4/3πRで見積ります。空洞の直径はほぼ約2㎝(半径1㎝)でしたから、空洞内の容積は約4㎤という見積になります。一方で、排出した塊はだいたいが直径0.4cm(半径0.2cm)前後で、体積は0.032㎤。なので、これくらいの塊がおよそ100個ほども排出されれば空洞内の菌球はほぼ出尽くすことになります。毎日のように、大小おりまぜて、半年にもわたって出続けていたのですから、通算すればそれくらいの量にはなったのでしょう。果たしてCT画像で確認すれば袋の中は空っぽに。思わず、主治医の先生に「ほんとですか」と聞き返しました。アスペルくんに勝ったと思いました。この日から病名がアスペルギローマから、アスペルギルス肺症へと変わりました。空洞が空洞に戻った瞬間でした。

(参考)

日本呼吸器学会雑誌39巻12号 (jrs.or.jp)

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